子育て(得)情報

「あおもり子育てネット」の過去記事を再編集して掲載しています。

発達障害をみんなで考えてみよう

青森県発達障害者支援センターの職員の方から伺った、気になる子へのアプローチの体験など。

お子さんとうまくコミュニケーションがとれないと悩んでいるお母さんがいました。目が合わない。自分に感心をもってもらえない等々・・。
でも、めげずに子どもに絵本を見せながら、繰り返し繰り返し言葉をかけ続けたそうです。するとある日子どもが絵本を指さし、関心を示し始め、そこから色々な部分で、少しづつ変化が見えてきたそうです。今ではその子にとって絵本は、“楽しめるアイテム”の一つになっているようです。

そのお母さんは、子どもが「聞いていないのかな?反応が弱いな・・。」と思いながらも、諦めなかったことが良かったのかな、と言っていました。何事も押さえつけて無理強いすれば、反対に悪影響かと思いますけど、子どものそばでお母さん自身が大好きだという絵本を楽しみながら、言葉をかけ続けたのが良かったのでしょう。
偏りがあって、限定したことにしか興味がもてないという場合もあります。お母さんは色々な興味を広げていってあげるといいと思います。
その子は動物が好きだったんです。お母さんがある時それに気が付いたんです。お母さんは、色々な種類の動物の人形をその子に渡したんだそうです。
キリンでも色々なキリンがいる、ということを図鑑を見ながら教えたり、「キリンがこれ位の大きさだったら、人間はこれくらい。」とか・・。
子どもを良く見る、ある意味観察することはとても大切なことだと思います。そこから小さなことでも発見があり、その子にあったもの、興味があるものがわかってくると思います。それを一つのアイテムとして、諦めず関わりを続けていく。

お母さんは子どもに無視されると、悲しくて関わらなくなる。いくら抱っこしようとしても逃げてしまう子ども、目を合わせないし笑わない。そうするとお母さんも辛すぎて関わらないのではなく、関われなくなってしまうんです。
私が自閉傾向の子どもと接するときは「ああ、この子は恥ずかしがり屋さんなんだなあ。」って思って接するようにしてるんです。本当は違うんですけどね・・・。
恥ずかしいから目を合わせない。笑わない。そんな風に考えると「恥ずかしがり屋さん」に「こっちむいてっ!!」とか「~しなさいっ!!」なんて無理にしないでしょう?
そばでもじもじしている子どもには、やさしい声で話しかけたり。
その子の個性として、私たちが理解できるように考え方を「変換」して、「ああ、この子はこんな感じなんだなぁ。」とか・・・。そして追体験したり、共感したりするようにすることも大切でしょう。

また、違うお母さんは「笑顔って大事だなって気が付きました。」と言っていました。
「子どもを育てるのが、こんなに辛いのは何でなんだろう」って、育てにくい子どもに対して色々な働きかけをしてみたけど、なかなか反応がでなっかた頃のことです。お母さんは自分自身を客観的に分析してみたら「こんなに泣いたり、怒ってばかりの顔ではダメだ。」って思ったそうです。意識的に“笑顔”で子どもに接っするように心がけてみたら、子どもにも変化が出てきたそうです。
私自身も、ステップに来てくれる子ども達に笑顔で接すると、「なついてきてくれる」というふうに感じます。

この前お会いした自閉症のお子さんをもつお母さんは、もうある意味乗り越えられたんでしょうね。お子さんと家族とが置かれている、“この状況”を楽しんで生きている。お子さんとのことを「こんなことがあって、おもしろくってさあ・・。」とか。自分の生き方、考え方を180度変えて、楽しめるように変化させてきたんですね。

みんながこうして“育てにくさ”や“自閉症”を乗り越えて、楽しんで生きて行けるようになってほしいですね。それにはまず“社会”が変わることが大切だと思っています。
将来的にも子ども達をしっかりサポートしてくれるという様な社会でなければ、親も変わっていけないですよね。
今のようにちょっとヘンだ・・ってなった時に、いじめられたり、つまはじきにあうような社会のままだったら、ちょっとした自閉性が出たとき「この子はどうなっちゃうんだろう・・。」って暗くなっちゃいますよね。それをあんな風にからからと、自閉性を楽しめるなんて、ほんとにすごいですよね。


大学卒業後、他人とうまくコミュニケーションがとれずに就職できなかった方がいました。その後、その方は6年間ひきこもり状態が続いたのですが、原因は「発達障害による、コミュニケーションの困難」でした。
本人も悩んでいるけどどうしようもできず、親御さんもまた悩み続けていました。
親の子へ対する思いは深い。子どもを思うがあまり、何とか社会に出したいという気持ちが先に立ってしまい、親御さんの思いとは反対に空回りの日々でした。
ひきこもりは解決を焦ってはいけないし、きっかけの原因を探ってはいけない。親御さんは過大評価せず、本人は現実を見てほしい。

このケースの場合、ご両親揃って面接にこられた頃から子どもさんにも変化が見られるようになりました。自分の部屋から出てこられなかったのに、1Fに降りてこられるようになった。家族とテレビを見られるようになった。大きな変化です。このとき大切なのは「就職の話などしない」ということ。テレビを見たのなら、テレビの話で終わりにすることです。一緒にいることを大事にしてください。

そんなことをくり返している内に、本人からアルバイトの話がでました。またまた大きな変化です。でも焦って簡単にアルバイト先を決めてしまわず、ゆっくり時間をかけて進めることも大切です。それは、アルバイト先に障害に対する理解がなければ、またひきこもりのきっかけになってしまうこともあるからです。
このように本人へ直接働きかけなくても、家族への支援だけで本人がゆっくり動き出せることにもつながっていくんですね。
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「子育て体験」~我が子の“育てにくさ”に向き合って~

我が子の“育てにくさ”に向き合ったお母さんの子育て体験です。

 「何回同じこと言わせるの!」といって、息子の肩を揺する鬼の形相をした私がいた。

 息子が小学校に入った頃だ。

 「だめだよ、やめなさい」という指示が息子には入らないのだ。

 “やれって言われたことはしないで、やるなって言われたことはする”息子。子どもが困った行動をおこすと、親のしつけがなっていないからだと言われる。責められる度に「もう親やめたい!」って思い続けてきた数年間。息子が可愛いと思えない最低の母だった。

 後に、息子は高機能性広汎性発達障害という判定(簡単にいうと知能に遅れのない、言葉を普通に話せる自閉症)を受けた。

 息子を育てるために、学校をはじめとした社会とどうつき合ってきたか、自分自身や夫とどう向き合ってきたか、私の体験が誰かの人生にちょっぴり参考になることを願って。



“育てにくい”と感じたとき

乳児期

 最初に「ん?」と思ったのは1歳頃。この子は人見知りしないなあと感じた。息子から母として認識してもらっていないのかな?と、何とも言えないむなしさを胸に秘めるようになった。

乳幼児期

 1歳半頃から、子育てに体力と気力を必要とした。子育てしにくい子だなあと感じることを大きくあげるとしたら4点。

1.好きなことをいつまでも続ける

2.落ち着きなく動き回るうえ、発熱しやすい

3.興味のないことは頑固なまでにしない

4.母として慕われていない寂しい感じがする

言葉の発達や運動能力はとても良かった。


好きなことをいつまでも続ける

 外が大好きでお家に帰りたがらなかった。

 気に入った遊びを始めると、とことん納得するまで続け、暗くなってもごはんの時間になってもやめず、泣きわめくのを抱えて家に帰ることが多かった。

 水たまりへのジャンプだったり、マンホールに石を落とすことだったり、公園の池での水遊びだったり、砂遊びだったり、他の子がみ?んな帰っても一人で時間を過ごす子だった。

 家事をしている最中、カギを閉めて家にいても、いつの間にか窓からジャンプして出て行ったり、ベランダの柵を乗り越えて外に出て行ったりして、大慌てで近所を探したこともあった。

 ミニカー集め。

 ずらーっと美しく並べ、うっとりしていた。わざと車の向きを逆にすると、すぐに気が付き怒って向きを直す子だった。“働く車”のビデオを一日に何度見ていたことか・・・。ブロック遊びでの作品は素晴らしいものだった。

 高いところに上ること。

 テーブルにのぼることをやめさせたくて、何度も叱ったが全然効果なし。なんで?って悩んで叱る気力を無くしていた時に「してはいけないことは、小さいうちから教えないと大きくなって急にダメって言われても子どもが混乱するよ。」なんて言われて、とても落ち込んだりした。

 息子にとってすごく興味のあることが常識的にみて良くないことだった時に、それをやめさせるのがとっても大変。言ってきかせる、なんて通用しない。ただその場から離れ、本人の目から見えないようにするしかなかった。


落ちつきなく動き回るうえ、発熱しやすい

 「危ないからやめなさい」の指示が入らない。

 ベランダから回転ジャンプして顔をケガする。銭湯で頭を打ち大出血、救急車騒ぎ。岸壁から海に落ち自衛隊に救助される。回転ドアにはさまれる。などなど。ケガが多かった。肺炎で入院中も熱が下がったとたん、点滴につながれたままベットからジャンプしようとする。4回の入院付き添いは大変だった。

 手をつないで歩くことをとても嫌がった。外に出て真っ直ぐ帰れたことはない。必ずおんぶ紐をもって歩き、急いで帰らなくちゃならない時はおんぶしてベビーカーを押して歩いた(ベビーカーからするっと抜けちゃうんだなあ、何か興味のあるものを見つけると)。

 当然、スーパーの買い物カートにも黙って座っていない。10分以内で買い物を終えるか、棒付キャンディを持たせていた。レジで支払いを待っている時は、足でカートを押さえ片手で息子を押さえる。食材の宅配サービスがなければ飢え死にしていたかも。

 チャイルドシートは必需品。最初は座ることに、ものすごく抵抗した。座るまでスーパーの駐車場に一時間近くいたこともある。これだけは譲れないと思い、発進させなかった。車を置いて歩いて帰ったこともあった。何度かそれをくり返したら、スムーズにシートに座るようになった。

 2歳半くらいまでは「好奇心旺盛な子だな。」で済む。でも3歳すぎても手をつながないし、「そっち行けばだめだよ。」と言ってもかまわずに行って、あっという間に迷子になってしまう。下の子が生まれてからは乳児を抱きかかえながら息子を追いかけることになり、なんか疲れるなあ、育てにくいなあと感じる毎日になっていた。

 よく熱を出した。発熱は毎月1~2回、1月のうち半分は熱を出して病院に通い、半分は多動性からくる行動のくり返しで、私に息切れさせるみたいな息子との日々。少しでも時間があったら眠りたい、ゆっくりとトイレやお風呂にはいって、ゆっくりとごはんを食べたいと思っていた。そして、外食したいと。何回か外食したことはあったが、店中走り回るし、いろんな物にさわっていたずらするし、ちっとも私たちのそばにいない。しかも全然食べないので、夫と交代で外に出て子守して一人ずつ食べることになるから、楽しくない。幼児期はほとんど外食をしなかった。ディズニーランドに行ったとか周りではよく聞いたけど、電車に乗って旅行するなんて考えただけで疲れた。追いかけるだけになるからねえ。

 この多動性は小学生になるにつれ、ほとんど目立たなくなったので、とても楽になった。念願の電車での旅行は、息子が小学3年生になった時やっと行けた。でも、動物園で行方不明になった・・・。ま、想定内です。


興味のないことは頑固なまでにしない

 1~3歳頃、知人に誘われるままに、何度か子育ての親子行事に参加していた。でも息子は、その遊びのメニューに全くはまらなかった。ダンスとか手遊びは全然やらない。ブロックは大好きで遊んでいたが、「ブロックお片付けしますよ?。」と言うと抵抗した。物置に入っていってなんか探してきたり、会場から出て階段の上り下りをくり返したり・・。何のためにここにきたの?という気分だった。しかも、私ではなく初対面のお母さんに抱っこされてたり。まるで、なんか私が「家で虐待でもして、かわいがってない母なんじゃないか」という気分になった。出かけるたびにそんな感じ。じゃあ、なんで行ってたかというと、親同士の付き合いで仕方なくだった。でもきっぱりと“出かけることをやめる”決意をした出来事があった。

 そんな調子でちっとも遊びのメニューにはまらない息子を見て、一緒に行っていた知人がこう言ったのだ。

 「自分の子どもがそんなだったら、私だったら耐えられない・・。」

 育てにくい子をよく面倒みてるね、というねぎらいだったのかもしれないが。その同情されたような雰囲気、自分の子が変じゃなくてよかったという、知人の優越感みたいなものを感じずにはいられず、屈辱だった。その日夫に「息子のことをこんなふうに言われた。」と初めて泣いたような気がする。

 その一件から無理して集団行事に出かけるのはやめた。息子の好きな外遊びを中心におにぎりを持ってベビーカーや車で出かけ、一駅だけの電車に乗ったり、広い公園で好きなだけ走らせたりして過ごした。着替えはたっぷりと車に積んであった。寒くても水浴びをやめないからだ。息子の興味に合わせ、迷惑になるような狭い場所には行かないようにした。

 こんな私に「集団に入れてみんなに合わせる練習しないと、後で大変なことになるよ。」と脅しをかけてくるママ友?もいた。でも、もうそんな苦痛はごめんだったし、もっと居心地のいい生活をしようという気持ちは変わらなかった。


母として慕われていない寂しい感じがする

 息子に合わせいろいろ工夫して生活してたわりには、あんまり慕われていない感じがした。

 他のお母さんに抱っこされてたり、私がいなくても平気で遊んでたり、一人でおばあちゃんの所に泊まりに行ってたり。楽でいいけど、でも・・・。

かわいがってるんだけどなあ?・・・みたいな。

 4歳頃、「息子はきっとADHDという障害ではないか」と思っていた。でも、息子の特徴に合わせて生活することに段々慣れてきて、日常生活で制約はあるものの特に困ってはいなかったので、どこかに相談にいくとか考えたことはなかった。

 ただ、幼稚園は息子の特徴(落ち着きがない、興味にむらがある)にきちんと配慮してくれる所をと考えていた。しかし夫は、稽古事がある園で刺激を与えたほうが子どもが伸びると主張し、意見が分かれた。しかし、体験入園時の息子を見て、(先生の話に関係なく、自分の好きなことしかしない)指示に従わせることが困難っぽいことがわかり、しつけ中心の園はやめようということで納得してくれた。

 5歳から入った幼稚園では、本当によくしてもらった。興味にむらがあることは十分把握したうえで、無理せず、でも作業はきちんと最後までこなすよう導いてくれた。息子の得意なことをたくさんほめてくれ、ヒーロー気分で幼稚園の人気者だった。お友達とのやりとりも多かった。今でも感謝でいっぱいだし、保育のプロと尊敬している。



~障害だと考えるようになった時~

 鬼母への道を歩き始めたのは、息子が小学校に入った頃だった。就学児健診では何事もなく、そのまま普通学級へ入った。個人調書には、特徴や配慮する点などたくさん書いて提出した。

 でも、やはり毎日怒られて帰ってきた。先生の話を聞く時、消しゴムをさわっている、おしゃべりをする、イスを前後にゆらす等、多動性からくる行動がほとんどだった。2週間目頃には、嫌がる息子の手をひき学校に連れて行った。「怒られるのはお前がよくないことをしているからだ、先生の言うことを聞きなさい。」と。

 しかし、4月末に息子は「学校行かない。」と泣いてうずくまってしまった。先生と話し合いを持った。でも2ヶ月して、「もう絶対学校に行きたくない。」と言い出した。

 先生の言うことを聞くことの必要性を理解できない息子にとって、学校での様々な指導の積み重ねは「僕は学校に来るなってことでしょう。」という受け取り方になってしまったのだった。

 息子の特徴を口頭で説明して理解してもらったつもりだったが、”しつけ”の範囲でしか語られない現実。つい数ヶ月前までなんの問題もなく幼稚園ですごしてきたことを思うと、なぜこんなに息子が苦しむのかわからなかった。

 この2回目の登校拒否が、「このままではいけない、なんとかしなければ。」と思った決定的な出来事だった。息子は普通に会話ができるし、手先も器用だし、運動神経もいい。記憶力もいい。でも、「こうしなさい」とか「これはしてはいけないよ」といった、人の指示は聞けないことが多い。よくわからないけれど、“耳からの言葉を頭で処理して、行動に移す”という仕組みのどこかで、何か問題があるのではないだろうかと思った。

 私が変われば息子は変わるのか?色々な本を読んだ。毎週土曜日往復4時間かけて親業の研修にも通った(親業:親子・家族などをはじめ、様々な人間関係に役立つコミュニケーションを学習する)。ここから広がった人脈が、今の私の生活を切り開いてくれたものだ。でも、やはり私の対応を変えただけでは、納得がいかない息子の言動にはあまり変化は見られなかった。

 「ちゃんとした検査を受けよう。」と思った。周囲の反対の声もあった。「この子は普通だよ。ちょっと落ち着きがないくらいで。(親が勝手に子どもを障害者に決め付けて、将来の可能性をうばうのか。しつけを放棄するのか。)」という声だ。悩んだ。でもこのまま何もしないでいたら息子がつぶれる、善意で息子を「普通だよ。」と言ってくれる人たちも多かったが、息子の最終的な責任を負うのは親しかいないのだ。

 学校に「特殊学級を考慮に入れたいので・・・。」と就学指導検査を申し出た。でも「必要性を感じられないから。」と、その時は受けられなかった。知能検査の結果も、親はわからない。どうやって息子のことを知ったらいいのか、しばらく途方にくれていた。

 学校は少し休ませた。児童相談所に発達検査を受けに行ったのは、小学1年生の夏休み。私にとって一番重い選択の時だった。

 最初の電話は緊張し、初めての面接の時は泣きだしてしまった。気づいてしまったのだ。そう、私は息子を育てるのがとても大変だったということに。

 でも、母なのにそんなことを思ってはいけないと、考えないようにしてきた。あんなにたくさん工夫して、他人の迷惑にならないように、子どもがのびのび生活できるようにと、他のお母さんの何倍も何十倍もがんばってきた。でも、何かにつけて「家庭のしつけがなっていない。」というメッセージを受け続け、苦しかった。息子のせいで私が責められると「なんで言うことを聞かないの!」と怒鳴ったり、たたいたりしてしまう。そんなことをしても、息子に指示は入らないのに・・・。幼児期からそれは十分わかっているはずなのに。“ちゃんとしつけしているお母さん”と見られたくて声を荒げる。すごく、すごく苦しかった。一方では「もっと愛情をかけてあげて。」なんて言われる。「こんなにやってきたのに、一体どうすればいいのよ!」という思いで混乱していた。

 怒鳴る回数が増えるに連れ、息子は私がそばを通るたび身をよけるようになった。そして自分で自分を叩き、かじり、ひっかき、壁に頭を叩きつけて「このばか、このばか、死んでしまえ!」と泣くのだ。それを見たときもうだめだと、私は何をしているのだろうと思った。周りからみての、ちゃんとしたお母さんでいることに何の意味があるの?息子には何も伝わってないどころか、お前はだめなやつだから死ねというように受け取られているのではないか。



~個性をひとつの障害として考えてみる~

 「様子をみる」のはやめよう、そう思った。息子には怒っても通じない。「息子の特徴は個性かもしれないけれど、でも学校では通用しない個性なのだ。援助が必要な個性なのだ。そしてこれはひとつの障害でもあるのだ。」と、世間に話さなければ息子の居場所はないのだと。

 精神科を受診した。確定診断はつかなかったが、自閉症に準じた対応を学ぶことにした。

 このときの児童福祉士さんには、本当にお世話になった。学校に出向いて校長先生たちと話し合いを持ってくれたのだ。でも、その当時はまだ、息子の特徴を障害として理解を得ることは難しかった。

 3学期になって、初めて連絡帳にほめられたことが書かれてきた時には涙が出た。「口うるさいお母さんという評価でいいから、息子を守ろうという決心をしてよかった。」と、このときちょっぴり思った。

 その後、学校は転校した。息子の特徴を障害として対応してもらえるまでには、だいぶ時間がかかった。この障害を詳しく知る先生がいることは心強かったけれど、全員がそうではなかった。私が泣いたことも数知れずあった。2ヶ月近く休んでいた時期もあった。口頭での指示が入らない息子の指導に、先生が悩んでいるのはよくわかった。苦労をかけて申し訳ないと思うけれど、そういう状況を連絡帳に書かれることは私にとっては苦痛だった。

 毎日息子と一緒に登校し、学校で一緒に授業を受けているうちに「ああ、多分こういう説明の仕方が、息子には何をしたらいいのか理解できないのだなあ。」と感じるようになってきた。先生とは何度も話し合いをもったり、対応の仕方の参考例がよく書かれている本を紹介したりした。様々なトラブルを経ながらも先生が息子を知ろうとする努力は伝わってきたし、講演会で聞いた対応法も、すぐに試してみてくれた。でも、先生一人では大変だ。やはり、支援員や教師の加配を役所に要望する必要があった。



~支え合う~

 夫に協力してもらわないと、学校での支援は受けられなかった。母親一人が行っても、対応してもらえないことが多いのだ。

 親業で学んだ会話を使って、夫に協力してもらえるよう努力した。これが結構、「おぉっ!」と思う方向に進んでくれた。 私の元来の性格からすると、「ありがとう。」とか、「こうしてくれて嬉しい。」とか、人をほめることが苦手だったのだ。でも、がんばってみた。仕事の帰りが11時とかの忙しい中、夫はとても協力してくれるようになった。私の話を聞いてくれることも多くなった。私の不安に対する、夫からのタイムリーな励ましのメールも心強い。息子の障害を認める前より、ずっと夫から支えてもらっている実感が増えた。息子の問題に出会うたび、夫と一緒にそれをひとつずつ乗り越えてきたという充実感も今ではある。

 がんばっている自分をほめてくれる人たちにも出会った。身内や、近所のおばさんや、親業を学んだ仲間だったり。なんか気がついたら、助けてもらうことがすごく多くなっていた。

 校長先生も努力してくれた。今は学校全体で支援してくれている実感があり、安心して息子を出してやれる。先生達は息子の得意なことを生かしてくれている。授業は全然聞いていないから教科成績はいまいちだが、毎日友達と遊ぶのを楽しみにしている。環境が子どもの様子を変えることを実感している。「口うるさい夫婦」だとは言われているだろうけど。でも、かまわない。

~幸せのかたち~

 私が怒鳴ったりすることは今でもあるけど、前みたいに肩を揺すってふりまわす、なんてことはない。アッ、少しはあったかな?

 私に、息子のほんとに小さい成長が見えるようになった。あんなに食べない子だったのに、一膳のごはんを食べるようになった。駐車場を歩くとき手をつないできたり、暗いところで「お母さん」と頼ってくるようになった。忘れ物を届けてあげたら、追いかけてきて「どうもです!」なんてお礼を言うようになった。ポケモンしか書かない日記に「俺のお母さん」なんて絵をかいてくれるようになった。息子の中に、やっと私の存在が入ったのかなと感じられることが多くなってすごくうれしい。

 今は幸せな気持ちがちょこちょこ感じられる日が増えてきたかな。トラブルも毎日絶えないけれど、夫と二人でクリアーするゲーム感覚で、「また来たなあ。」って感じだ。息子の特徴を障害だと考えるようにしてから、4年目にしてやっとこんな感じ。

 はたから見たら「何やってんの?あそこの家」って言われるかもしれないけど。「自分が居心地いいんだから、いいんじゃないの。」と開き直ってるところはあるかな。 泣いてもなんにも解決しないという人もいるけれど、私は泣くことも必要だと思ってる。苦しいって声に出して、心を空にしてやらないと、楽しく感じる気持ちも入る余地がない。だから、もし「なんか子育てが辛い。」、「育てにくい、この子・・・。」ってお母さんが感じてしまったら、それをごまかさないほうがいいと思う。

 私の場合は、私自身がAC(アダルトチルドレン)で生きづらい性格でもあったから、ダブルパンチで子育てが苦しかった。この夫と結婚して子供を産んでよかったと、今やっと思える。(ACとは機能不全家族で育った生きづらさを抱えた人のこと)

 この先どうなるのかはわからない。でも、自分の気持ちをよくみつめて自分で納得した選択をしながら、暮らしていこうと思っている。様々な人に感謝しながら。



 もし“育てにくいな”と感じるお子さんを抱えているお母さんがいたら、きっとそれは“あなたのしつけが悪いから”ではないよ。そう感じたお母さん、その気づきがあなたとお子さんの幸せのスタート。今までと違う一歩を踏み出すまで、とっても苦しいけれど、でもやってみる価値があるよ。泣きながらでもなんでもいい、かっこ悪くて当たり前だよ。手助けしてくれる人が、きっといるよ。

 せっかく与えられた人生だもの。幸せになろう。~あなたの幸せを願って~

END




Hさん、貴重な子育て体験をありがとうございました。

 「逃げたい」と思ったとき、「逃げない勇気」「向き合う勇気」を感じました。長い人生ですから、時には「逃げる勇気」が必要なこともあるかもしれません。一つの方向性を見つけるために、右に行ったり左に行ったり、立ち止まってみたりしたっていいじゃないですか。あなたもわたしも一人じゃない。手を引いてくれる人が必ずいるはずです。




青森市子育て講座

参加費無料・託児有り(要予約)
『シリーズ 自分と向き合うことから開けてくるもの』
※対象:子育て中の女性 ※3回参加が原則


平成18年11月9日(木) 10~12時  元気プラザ
 1.イライラから抜け出したいあなたへ
  癒しの子育てネットワークつがる 主宰 津島弘美氏
“ガマンする?爆発させちゃう?”怒りなどのマイナスの感情とどう付き合うかを学び、「プチ幸せな私」を目指します。

平成18年11月30日(木) 10~12時  元気プラザ
 2.パパの気持ちを知りたいの
  親業インストラクター 沼宮内享美氏
「彼」「彼女」だった二人の想いはどこに行ったの?愛されているという実感をつかむ自分になれる『夫婦の会話のコツ』を学びます。

平成18年12月15日(木)10~12時  元気プラザ
 3.しつけって おこることなの?子どもの気になる行動をへらしたいと願うなら
  発達障害者支援センター 成田成美氏
「育てにくい子」の療育上の工夫をヒントに、自分なりの子育てにつなげる知恵を考えます。

お申し込み・お問い合わせ先
青森市子育てサポートセンター
TEL 017-775-8276・FAX 017-775-8277
MAIL aomori-kosodate@iris.ocn.ne.jp
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いじめは、いけないこと!

 いじめによる痛ましい事件が毎日のように報道される中、取材で会った沢山の方々がそのことに心を痛めていました。特に印象に残ったお話を紹介しましょう。

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a002icn.gif私も小学生の頃、いじめられていたことがあります。その時、両親に一番言ってもらいたかったことは、「あなたは、悪くないよ。」とか、「学校に行けないなら、無理して行かなくていいよ。」ということでした。両親も先生と連絡を取るなど最善を尽くしてくれてたんですけれど。でもやはり本当に言って欲しかったことはその言葉です。
 また、「いじめはいけないこと。」と認識するだけではなく、「なぜいじめるのか。」ということを理解していくことが大切だと思っています。幸せな人は、『いじめ』なんかしませんよね。

a001icn.gif『いじめ』は避けられないことなのかもしれないけれど、人間の力や知恵で解決していくことができるはずです。いじめる側は軽い気持ちでもいじめは憲法違反にもなることを伝えます。またその一方で、「あなたはあなたのままで大丈夫なんだよ。」、「あなたは愛されるべき大事な存在。」、「逃げることも立派な選択。」と伝えます。
 大人として、子どもたちに惜しみない愛情をかけ続けたい思っています。いじめる側も愛情は不足しているはずです。大人の愛情がいじめる側の要因を減らしてくれるのではないかと考えています。

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 成人式のニュースの中に、今年二十歳を迎えた人たちの半分近くが、なんだかの形で『いじめ』を体験しているとありました。陰湿な『いじめ』は、人を信じられなくするそうです。そして、何年たっても忘れられない心の傷となることもあるでしょう。
 そんな人が子育てすることになったら…。それは辛いものになるだろうことは、容易に想像できますよね。子育ては、いろいろな人たちと助け合わなければならないことが多く、そのためには人を信頼することが大切ですから。
 信じられないことに、「いじめられる側にも問題がある。」という発言をいまだに聞くことがあります。どんな理由があっても、いじめられていい人などいないはずです。そのことを毅然と言える大人でありたい。また、いじめる側の問題にも目を向けていける大人でありたいと思います。
 『いじめ』は『育児不安』にもつながっているらしい。このことも忘れないでいたいものです。

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「ズボラかあさん 就職の巻」~子育て真っ最中ママより~

子育て真っ最中ママ、自称「ズボラかあさん」に今の想いをつづっていただきました。



 わたしはお母さん5年生。5歳と1歳の息子に育ててもらっている、イマドキの母親。子どもが生まれておかあさんになっても、仕事もしたいし常に「自分らしく」ありたい。でも、子育てもおろそかにしたくないし、子どもとは楽しく楽(ラク)もしたい!!…と欲張りつつ、そんなワケでわたしは2本しかない足に現在、「女」「妻」「母」「パート」という4足のワラジを履いて生活している。そこに、来春から「学校の先生」という新しいワラジを履くことになった。

家事に育児に仕事に勉強

 ・・・というのは、独身時代から長年受け続けていた教員採用試験にとうとう合格したのだ。就職活動というよりは受験勉強。家事、育児、仕事の上に勉強。ここまでの道のりは本当に長かった。

 出産で家族が1人、2人と増え、育児が加わると、勉強できる時間がグーンと限定された。保育園に預ける以前は、子どもが眠ったスキに短期集中で机に向かった。洗濯機を回しながら子どもを背負って参考書を音読したり、トイレにこもって壁一面に貼られた法律をひたすら暗記したりもした。

 産休が開けて職場復帰すると、主人は毎日帰宅が遅いため、保育園の迎えから夕飯、入浴、寝かしつけまでわたしがひとりで子どもの世話をすることになり、夜はヘトヘトに疲れて子どもとともにダウンしてしまう日々・・・。そして7月と9月の試験日が近づくと、家の中にピリピリした空気が流れ、わかっていながらもつい子どもたちにイライラをぶつけてしまうありさま。自己嫌悪に陥りながらも気は焦る・・・。こんなサイクルが5年間続いたので、途中で何度も何度もくじけそうになった。

 それでも合格できたのは、主人をはじめ、子どもの応援と祖父母の協力、職場のあたたかい理解があったからこそ。合格の知らせを聞いた時はわたし以上に喜んでくれて、本当に心から感謝している。今は支えられるばかりのわたしだけれど、いつか今度は支えてあげられるような、ギブ&テイクの関係でいたいと思っている。

ズボラかあさんのススメ

 これから「センセイ」と呼ばれる立場になるが、家に帰ればわたしもイッパシの親。しかしながら、母親業はムズカシイ。ゴールはないし、年中無休の24時間営業。マニュアル通りにいくワケもなく、親の思うようには動いてくれない。子育ては何をやっても未知の世界で、わからないコトや不安なコトだらけ。

 そんな中、作家の重松清さんのエッセイで「育つ側も、育てる側もともに'生まれて始めて'の日々を生きている」と綴っているのを読み、目からウロコがボロッと落ちた。それ以来、子どもの誕生日にはひそかにわたしも「おかあさん○周年おめでとう」などと、ちゃっかり祝杯をあげている。歩けるようになったり、字が書けるようになったり、友だちとケンカをしたり、人を好きになったりetc. それぞれの子どもの成長のフシブシにわたしも'生まれて初めて'立ち会う。これって、親としてとても幸せなコトだ。子どもが大人になるように、わたしは子どもに教えられ、少しずつ少しずつ「おかあさん」に育っていくのではないだろうか。

 ・・・なあんだ、それならはじめから「いいお母さん」になんてならなくてもいいんじゃない?ズボラなかあさんでもいいんじゃない?と妙に納得するわたし。ヘタに気負ってがんばっちゃうより、キラクにのびのびと構えた方が子どもも素直に育つんじゃないのかなぁ?…でも、ズボラすぎてもよくない。適度な「あそび」で構えることができればベストだ。実はわたしも、「あそび」の加減を目下模索中…。

見逃してない?大切な'瞬間'

 今の若いお母さんたちは、自分の都合を最優先にして、子どもを大人のペースに巻き込んでいないだろうか?逆に子どもに振り回されて、ナァナァな関係になってはいないか?'今'しかない、子どもたちの成長のその瞬間を見逃してない?もっと大切にしなきゃだよ!と言いたくなる場面に出くわすことが現在の仕事柄多く感じる。

そういうわたしもまだまだミジュクモノで、若葉マークがとれない母親。就職が決まって本当にタイヘンなのはこれからで、子どもとの時間が満足にとりにくくなる分、迷うことや悩むこともあると思うが、子どもと共に育つスタイルで「ムリせず・アセらず・ゆったり」マイペースに子どもと向き合っていきたいと思う今日この頃。

・・・そんなワケで、ズボラかあさんはこれからもテキドにがんばるのだ!
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『何で?』と『イイジャン!』?障害のある子を育てながら?

           
 

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  世界中にはいろいろな子どもがいて、いろいろな親がいます。
   青森県内にも、いろいろな子どもがいて、いろいろな親が子育てをしています。
   
   青森県内のご自宅で、障害のあるお子さんを育てている
  あるお母さんに、
   「日々の子育てについて想うこと」を伺いました。

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  ●「超」重度障害のある我が家の息子、3歳
になりました。
 

 
              
             
 

  「普通に」生まれてきたけれど・・・ 

 

 
 

 
   
   私は29歳の時に、息子を予定日1日前に普通分娩(2,916g)で産みました。その時息子は、濁った羊水を飲み発熱しNICUにいましたが、やや難聴以外は特に問題視されることなく、生後2週間で退院することができました。
 

 

   今思うと、その頃からうまくゴックン(嚥下)ができず、授乳の度に唇や顔にチアノーゼが出て、とてもほ乳力の弱い子でした。体温調節も下手でしたが、「未熟児じゃない」ということから、当時MRI等の詳しい検査はあまりしませんでした。

   今では息子も3歳になりました。多分、青森県内で在宅している障害のある子ワースト5に入るであろう「超×2、重度障害のある子」です。
 

 

   きっかけは生後1ヶ月の発熱で、未だに原因となる病名は「不明」です。その後、入院生活を余儀なくされ、息子と一緒に2年半の病院暮らしをすることになりました。
 

 
 

   

             
 

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  ●自分で息が出来ない、食べられない、
    聴こえない、見えない、排泄できない・・・
 

 
              
 

   

             
 

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  たくさんの障害と向きあい、
  いっしょに乗り越える日々
 

 

 
 

 
 
   生後2ヶ月から原因不明の呼吸障害(無呼吸など)で人工呼吸器が欠かせず、経管栄養(鼻から胃まで管を常時いれての流動食)になり、直接お乳を口に与えたのは、わずか1ヶ月弱でした。
 
   聴覚も軽度難聴から重度難聴に進行し、てんかん発作が発症し、両眼の白内障が発覚しました。全身麻酔で、生後5ヶ月で気管切開(のどに穴を空けてカヌレというものをいれ、常時気道確保を容易にする)手術をし、生後6ヶ月の時に両眼白内障手術(眼内レンズ)をしました。
 
   てんかんは、「ウエスト症候群+難治性てんかん」という手術ができない(手術で完治しない)ものなので、薬が合うまでにとても時間がかりました。
 
   寝たきり状態のせいか、そのうち腸の神経も一部麻痺してウンチとおならが自力で出せなくなり、2歳の時に腹腔鏡で腸の手術(ヒルシュプルング病類似型巨大結腸)と胃瘻(胃に穴をあけそこから管を通して栄養を流すので、鼻や顔にチューブが出ていないので、見た目もスッキリし嚥下もしやすい)増設をしましたが、腸閉塞を起こし1回目の手術が失敗。開腹手術し結局、胃瘻は失敗に終わりました。
 
   今では、両眼全盲・両耳重度難聴・難治性てんかん発作・気管切開による人工呼吸器管理で、痰等の吸引が常時必要な生活をしています。
 
   ごはんも経管栄養で手術のあとなどで普通の食事がとれないときに用いるエレンタールという総合栄養剤の粉末を溶かして、1日4回・1回の食事に1時間以上かけていますが、大概「オエオエ」っとしたり暴れたり呼吸が浅くなったりして大変です。 
 

 
            
 

 
  ● 病名も、予後も、余命も、「不明」。 
 

 
              
 

   

             
 

  「完治も難しい」と言われ・・・ 

 
 

 
   
 
 
   今思うと、一番の原因は脳だと思っています。全体的に小さく、脳の皺も髄鞘化(神経伝達の道)もなく、脳幹という一番生命維持に必要な所の反応が悪く、生後4ヶ月から脳がまったく成長していません。
 
   先天性代謝異常の一種で、脳の白質のジストロフィーの何かである可能性が高いと言われていますが、色々検査しても病名が見つからず、完治も難しく余命も予後もわかりません。
 

 
             
 

 
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  ●でもとってもカワイくて、「元気」なうちの子☆
 

 
              
             
 

 
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  ちょっとの外出も、
  “死の危険と隣りあわせ”ではありますが
 

 
 
 
 
 
   親バカかもしれませんが、息子は障害があるのにとてもカワイイ顔をしています。

 
 

   気管切開しているので声を出すことはできません。最近、日中は呼吸器を使わずに人工鼻というフィルタを喉につけて「自分で呼吸」しているので身軽です。手足も変形するのが嫌で、入院中、自分なりに色々リハビリをしたせいか、とくに曲がっていないので、見た目は普通なのです。 

 

   てんかんの薬の副作用で日中も寝ている事が多く、今まで何かをして笑ったことはありませんが、起きていると手を胸の前でモシャモシャ動かしたり、抱っこやお風呂が大好きでウットリしたり、背中をくすぐると眉間に皺を寄せて足をバタバタと嫌がって暴れるので、初めて見た人は意外と動き元気なので驚きます。 

 

   だからなのか、こんなに病状が重く気管切開している分、感染のリスクが高く、突然、呼吸を止めてしまうので、外出するときも“死の危険と隣り合わせ”ということは、あまり理解されていません。 

 
            
 

 
  ● 障害のある子の親が感じる
  「イイジャン!」の壁、 「何で?」の苦しさ。 
 

 
              
             
 

  何気ない一言に、傷つくことも 

 
 

 

   
 

 

   相手は何気ない一言かもしれませんが、それが苦痛に思ってしまうこともあり、障害のある子を持つ親の中でも壁を感じてしまうこともあります。
 
   特にテレビなどで障害のある子の特集番組を見る度に思います。「脳がまともで意思疎通ができてイイジャン」「手術で完治するならイイジャン」「原因がわかっているのだからイイジャン」「気軽に短期入所でき両親の自由な時間が持てるならイイジャン」と自分ができないことを疎み、心の狭い人間になってしまっていたのです。
 

 

   「人工呼吸器」と言っただけで、医療機関にさえも拒絶されることもあり、信頼していた人からの言葉で傷つき、「息子に全く罪はないのに、何で息子ばっかり不幸になるのか。」と卑屈に思うこともあります。子育てというより「介護(医療的ケア)」の方が多いので、私は母親として大丈夫なのかと不安になることがあります。 

             
 

  温かく見守ってくれる人たちに、感謝!! 

 

 

   
 
 
   幸い、主人が協力的でとても息子を可愛がり、息子に関わっている方々(医師・小児科の看護師・訪問看護ステーションの皆さん・ヘルパーさん・あすなろ療養医療療育センターや学校の先生方等)をはじめ、両親兄弟姉妹や友人も私達を理解し、温かく見守ってくれているので、それが私の大きなパワーになっています。
 

 
    
             
 

   

 

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  ● 出産まで・・・そしてそれから・・・ 
 

 
              
             
 

 
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  「障害のある子の親」になることに、
  抵抗がありました
 

 

   私は妊娠前、生理痛が酷かったので病院で診てもらっていました。でも子宮にあるのは良性の腫瘍で医師から妊娠を勧められ、主人と同意の上で息子を身ごもることができました。
 
  この病院には産科がないので紹介状を別の医師に書いてもらう時です。「何で妊娠したの」と言われ、紹介状も怠慢な態度で渡されました。その後、家庭内のトラブルもあり、堕ろして離婚しようとも思いましたが、子供が以前から欲しかったので、つわりと闘いながら、トラブルも回避するように努力し出産することを決めました。      

    妊娠中の精神的なものが胎児に影響するのを恐れた私は、医師に「障害のある子は産みたくないから、教えてほしい」と何度も言っていました。障害のある子の親になることに、かなり抵抗があったのです。  

 
              
             
 

  手術と在宅介護をめぐって・・・深く悩んだ日々 

 

 

   ですから、気管切開手術をするときはとても悩みました。気管切開手術をし、人工呼吸器管理をすると言うことは、いわゆる「植物状態での延命が可能」だからです。 

 

   東京の病院(セカンドオピニオン)へ行った時も、「人工呼吸器をつけている子は面倒で何処の病院も嫌がる、昔なら死んで当たり前の状態」とまで言われました。そのような子を生かすのは親のエゴじゃないか、また自分の人生も台無しにしてしまうのではないか、と思い、私は手術をすることに反対しました。主人と主治医から説得されたり、東京の人工呼吸器で在宅している子を見たりしているうちに、少しずつ考えが変わり、手術と在宅介護という方向を決意しました。 

 
 
             
 

 
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  ● 「やってよかった!」の在宅(介護)育児 
 

 
              
             
 

 
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   苦労も「かなり」ありましたが・・・ 

 

    
 
 
   「やらなくて後悔するよりは、やって後悔しよう!」の信念のもと、息子のような子は施設に預けるのが一般的と言われている中、在宅を決意してよかったと思っています。昨年は念願の東京ディズニーランドへも家族3人で行き、目標を達成することができました。

 
 

   でも、今振り返ってみても在宅するときはかなり大変でした。息子の日々の医療的ケアや救急蘇生法等の習得に加え、病院にソーシャルワーカーも前例もなく、資料作成から各部門へ連絡をし、在宅管理料を調べ、厚生労働省へ出向き、医事課への交渉など事務的なこと、在宅用医療機器(呼吸器・たんの吸引器など)探すことまで、すべて母親がこなさなければならないので、精神的・肉体的にも非常に負担になり、大変苦労しました。
 
   そして、医療連携室の非協力的な態度にも、かなり苛立ちを感じたこともあります。また、老人の介護保険と違って介護用ベッドをレンタルすることができず、高価な物品を購入しなくてはならない等、金銭面でも負担はとても多かったのです。
 

 
            
 

 
  ●他のお母さん方に、同じ苦労を味わせないために… 
 

 
            
 

  頼れる「ソーシャルワーカー」の設置と、「母子手帳」の工夫を! 

 
              
 

 
   これまでの苦労を、他のお母さん方には絶対味わってほしくないと思い、機会があるごとに、在宅するまでに関わった各関係機関や県の関係機関、マスコミの方へも呼びかけてきていますが、2年たった今でもまったく変わっていないのが現状です。
 

 

   ソーシャルワーカーがいないので気軽に相談できる場所もなく、母子手帳も、一般的な子であればこんなことができる時期なのかと思いながら、毎月「いいえ(できない)」に丸印をつけるのはとても辛かったのです。 

 

   行政機関は基本的にこちらが質問しないかぎり、利用できそうな制度を教えてくれません。障害がある子と分かった時点で、そういった制度や経験者による苦労談や楽しい介護生活ができる工夫等をわかりやすく盛り込んだ、障害のある子ども用の母子手帳と差し替えることができたら便利だと思います。 

 

   少しでも役に立てばと息子のHP「がいちっち」とブログ(http://blog.goo.ne.jp/gaichi_chi)を開設しているのですが、同じような子をもつ親から問い合わせのメールがとっても増えてきました。 

 

   是非、県内の主要な病院へ「実績あるソーシャルワーカー設置の義務づけ」の条例を早急に制定する等、改善に役立てば良いと思い、この場を借りて再度、強くお願いしたいと思っております。
 
   そして、これから在宅を控えている子ども達とその家族が「安心して無事在宅(退院)ができる」ことを、祈っております。
 

 
 
             
 

 
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  上記の手記を寄せてくださったママが開いているHPはコチラ・・・
「がいちっち」   clip_image001.gif  (http://gaichi.ojaru.jp) 

 
            
 

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「『男性≠育児』???」~子育て真っ最中パパより~

子育て中のパパから、子育て中のパパとママへ。
父親の視点から、「父親の育児参加」について
寄稿していただきました。


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+++ なぜ、男性は育児参加をしてくれないのか ++++++++++++
 …常に多くのママさんにつきまとう悩みのタネではないかと思います。今日は男性としての立場、また、父親としての体験を踏まえた「育児」について、ママさんたちに聞いていただければと思います。

+++ まず、簡単に自己紹介 ++++++++++++++++++++++

 私は青森市内在住の27歳です。もうすぐ6歳と2歳になる息子・娘、そして妻(28才)との4人家族で日々を過ごしています。 



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 私たちは共働きなので、基本的に家事も育児も分担制です。とはいうものの、きれいに半分ずつというわけにはいきません。妻は仕事の都合上、夜勤があるため、保育園の送迎・食事・風呂・寝かしつけを1人でこなすこともしばしば。
 トータルでは私の方が子どもと過ごす時間が長いでしょう。「参加」という補助的な役割を超えてメインに近い立場かもしれません。

+++ 「協力的」と言っていただきますが ++++
 
 自分で言うのも変ですが、周囲からはたまに「協力的」とか「熱心」というお言葉をいただきます。でも、私にとっては家庭を築く上で育児をやらざるを得ない状況に置かれている為、当然のことをしているに過ぎないのです。なので、褒められるのは嬉しいのですが、どこかで正直心外…という気持ちもあります。でも、それほど男性≠育児ということなんですよね。

+++ 育児「したくない」父親と「したいけどできない」父親 ++++++++

 育児=女の役目、という認識は既に古く、男女平等社会が当たり前の時代となった今、それでも現実は厳しいもので依然として男性の育児参加が進みません。このことについて私は、育児を「したくない人」と「したいけど出来ない人」がいると考えています。


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 「したくない人」は『育児=おままごと』という恥ずかしいイメージを持っていたり、育児は『負担・犠牲』という損得だけの価値観を持っているからだと思います。でも、これは大きな間違いであって、育児をする男性の方が好印象で見られ、また、育児は子どもだけでなく自分も人間的に成長する絶好のチャンスであって、それは仕事にも必ずプラスになる…と理解してくれれば苦労しないのですが。
 
 まずは、家事・育児の大変さを実際に体感させるのが大事だと思います。我が家のようにやらざるを得ない状況をうまい口実で強引に作るのも、方法の一つかもしれません。「私はこれを毎日やってるのよ!?」と胸を張って言ってやって下さい。

 「したいけど出来ない人」は仕事など、家庭以外の事情が大半だと思います。これは逆に妻が夫を理解してあげて欲しいです。
 
企業というものはまだまだ育児への配慮が足りません。その中でストレスを抱えながらも家庭のために働いている夫が、ちょっとでも手伝ってくれたらたくさん褒めてあげて欲しいです。
 
 これって子どもに対する接し方と同じなんですよね。ただ責めるのではなく、きちんと言い分を聞いてあげるのも妻の力量の内です。結局はどれだけうまく転がせるか、小さな子どもと大きな子どもの面倒を見てるようなものだと考えてみてはどうでしょう。


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+++ 家事と育児と(お金を稼ぐための)仕事とういう3つの役割 +++++


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 各家庭で共通すべきことは、夫婦の役割である「家事・育児・(お金を稼ぐための)仕事」を対等に評価して、それを上手に分担できるかどうかだと思います。

 家事・育児はお金で他人に頼むことができるので、どうしても仕事が一番という風習がありますが、はっきり言って古過ぎます。だって、専業主婦の場合『夫…家事0・育児0・仕事10』『妻…家事10・育児10・仕事0』なので明らかに妻の負担大ですよね。お互いが合計15ずつになるような家庭が理想かと思います。



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+++ 最後に +++++++++++++++++++++++++++++++


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  …最後に、今日、これを聞いてくれた方は不安を抱えながら迷いに迷ってこのサイトに辿り着いたのだと思います。何かヒントをつかんでくれたら、と話をさせていただきました。
 それでもどうしたらいいか分からない、そんな人は昨日とは違う日を過ごしてみてはどうでしょうか?昨日と違うチャンネルを見る、昨日と違う道でスーパーに出掛ける、些細なことから変化させて新たな出会いを探してみてください。出会いが必ずあなたを変えてくれるはずです。
 育児は発見でもありますが、半面、単調でもあります。そんな日々に刺激を与えるのが何よりの活力になると思います。

ご意見・ご感想がございましたら、すこやか子育てあおもりネットまで。
メールアドレス sukoyakanet@kosodate-a.net

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